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東京高等裁判所 昭和55年(ラ)1514号 決定

抗告人

日本化学工業株式会社

右代表者代表取締役

棚橋幹一

右訴訟代理人

和田良一

外九名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二抗告理由第一について

所論は要するに、鑑定人相沢力、同佐野辰雄、同水谷淳子については、いずれも誠実に鑑定することを妨げるべき事情があつたところ、抗告人は、右鑑定人らのいずれについても、その鑑定意見の陳述後に右忌避の原因が存在することを知つたものであるから、右鑑定人らに対する本件忌避の申立は理由があることは明らかであつて、右申立を却下した原決定は取消を免れないというのである。

よつて所論にかんがみ検討するに、前記損害賠償請求事件(以下「本請求事件」という。)の記録及び抗告人提出にかかる疎明資料によれば、次の事実を認めることができる。

1  昭和五〇年八月一七日、本請求事件の原告らによつて組織される「日本化学のクロム禍被害者の会」(以下「被害者の会」という。)が結成された。

2  同年一〇月四日、「被害者の会」の協力呼びかけに応えて、原告らを支援するため、医師らによつて組織される「クロム被害研究会」が結成された。

3  その後、「クロム被害研究会」は、原告らに対する自主検診を実施し、「被害者の会」の総会において右検診の結果を報告公表し、また、昭和五二年一二月二一日、「被害者の会」や同会弁護団らと共に、クロム被害者の早期救済及びクロム関係訴訟の推進等を活動内容とする「住民参加による日本化学工業クロム公害対策会議」を結成するなど、原告らに対する協力支援活動を続けてきた。

4  本件忌避の申立を受けている相沢力、佐野辰雄及び水谷淳子は、いずれも「クロム被害研究会」を構成する医師団の一人であり、とりわけ佐野辰雄は同研究会結成以来その代表世話人となつていて、本請求事件の原告らに対する前記協力支援活動に関与してきたものであつて、いずれも前記自主検診の結果に基づいて、昭和五三年六月一二日佐野辰雄ほか一名が作成した原告らのうち八七名に対する診断書、同年九月六日相沢力が作成した原告らのうち八六名に対する診断書、昭和五四年一一月二五日水谷淳子が作成した原告らのうち八六名に対する診断書が、原告ら訴訟代理人によつて、本請求事件の口頭弁論において書証として提出された。

ところで、右認定の事実によれば、本請求事件の被告として原告らからクロムによる損害賠償責任を問われている抗告人が、右認定のとおり原告らのために協力支援活動をしてきた相沢力、佐野辰雄及び水谷淳子の各鑑定人がクロム被害について陳述する鑑定意見につき、同鑑定人らに対し不信感ないし疑惑を抱くことは理由がないわけではなく、したがつて、右認定の事実は、同鑑定人らの鑑定につき誠実に鑑定をすることを妨げるべき事情に該当するものと解する余地がないとはいえない。

しかしながら、前記各資料によれば、前記各鑑定人がいずれも原告らのために前認定の協力支援活動に関与してきた事実は、同鑑定人らがそれぞれ鑑定意見の陳述をする以前において、既に発行されていた「被害者の会」の機関誌「格魯謨」の各号、東京都都民生活局作成の「住民参加による日本化学工業クロム公害対策会議」関連資料集及び新聞記事などにより明白な事実であつたことが認められるのであつて、対立当事者である抗告人が右の事情を知つていなかつたものとは認め難いところであり、他に抗告人が忌避原因の存在することを前記各鑑定意見の陳述後に知つた旨の事実を認めるに足りる資料もないから、右事実はその疎明がないといわなければならない。

なお、抗告人は前記各鑑定意見の内容自体が忌避事由になる旨主張するもののようであるが、鑑定意見の内容自体を忌避事由とすることは許されないものと解するが相当であつて、右主張は採用することができない。

以上の理由により抗告理由第一は失当である。

三抗告理由第二について

所論は要するに、原決定は、土田裁判長が民訴法四二条本文に違背して関与した違法な決定であるから、取消を免れないというのである。

しかし、本件全資料を検討しても、土田裁判長が同裁判長に対する忌避申立事件及び同申立却下決定に対する抗告事件の係属中に原決定に関与した事実を認めることはできず、また、右抗告棄却決定後において、昭和五五年一二月二二日までに原決定の合議をし原決定書を作成することは不可能であるということもできないから、所論は前提事実を欠き失当である。

四以上のとおりであり、他に原決定を取消すべき事由もないから、本件忌避の申立を却下した原決定は結局相当である。

よつて、本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(村岡二郎 宇野栄一郎 清水次郎)

抗告の趣旨及び理由〈省略〉

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